野狐消暇録

所感を記す

『メグレと老外交官の死』を読んだ感想

メグレ警視シリーズは大好きである。出会ったのは、自分がまだ二十歳頃だったろう。自分は、ちょっと草臥れた、それでいて犯人を捕まえる名警視であるメグレが好きだった。メグレは奥さんを愛していて、二人で仲睦まじく暮らしていたが、その様子は華やかなというよりも、しっとりした感じであった。

メグレは捜査中、良くアペリチフを飲んだ。自分はお酒を飲まないので、それがどんなお酒か分からないが、食前酒という意味だそうだから、軽い、ワインのようなものかもしれない。事あるごとに酒を飲むメグレも、なかなか魅力的であった。

小説の中身は、市井の人々の暮らしの中で起きた事件を捜査する中で、関係者の人生が浮き彫りになるという趣向であった。しかし、二十歳の頃の自分は、専らメグレ警視の魅力に惹かれていたように思う。

最近、kindleメグレ警視シリーズが安く売られているのを見つけて、久しぶりに読んでみた。最初に読んだのは、『メグレとベンチの男』で、次に読んだのが今回感想を書く、『メグレと老外交官の死』である。

 

あらすじを紹介すると、まず、老外交官が死ぬ。この外交官の死の真相をメグレが追うのだが、調べていくと、老外交官が上流社会のちょっとした有名人であった事が分かる。それは、外交官が、人妻と恋をしており、もう長い間、恋文のやり取りを続けていたためである。その事は、上流社会の中では周知の秘密になっていて、人妻の夫もこの事を承知していた。外交官はお金がなかったため、家柄のある恋人を妻に迎える事ができなかった。恋人は止むを得ず、今の夫と結婚した。外交官と恋人は手紙のやり取りを続けたが、それが他愛のない、子供の文通のようなものである事を知っていたので、夫はその文通を許した。

メグレは、この童話のような話に戸惑いを覚える。このような世界を実際に生きている人にリアリティを感じられなかったのだ。

メグレは捜査を続け、最後には事件の真相を掴み、事件は解決する。

事件は、メグレが信じられなかったにしろ、昔話のような世界を実際に生きている人達が、自分達の世界観に於いて行動した結果、起きた事だったのだ。

 

自分がこの本を読んで感じたのは、メグレ警視の魅力ではない。この小説は、徹底して人間への関心に基づいて書かれているという事である。メグレ警視も、殺人事件も、人間観察を描くための装置に過ぎない。この小説の関心は、一時代前の、古い時代の夢を今もなお生きている人への関心にある。

そういう人が、時代のリアリティからずれていて、もう現在を生きている人が共感できる枠の外にいるにしても、その事は彼らがいてはいけない事にはならない。彼らは自分達の世界で確かに生きている。この小説は、メグレの目を通して、そういう人がいるという発見を描いている。