野狐消暇録

所感を記す

第六十回櫻門茶会

日曜日の朝、早めに起きて家を出た。慣れない路線を乗り継ぎ、武蔵境駅で降りる。恰好はスーツで、背負ったリュックサックには、扇子、袱紗、古帛紗、菓子切り、懐紙、袱紗入れ、白い靴下を持っている。家に忘れてしまったネクタイをコンビニで買って、首に締める。武蔵境駅から少し歩くと、曹洞宗の禅院がある。この禅院を右手に見て行き過ぎ、交差点を左に曲がると、左手に若竹といううどん屋がある。更に進むと右手にうどん屋の別邸があり、柿風亭という茶室がある。これはしふうていと読む。第六十回櫻門茶会を開くのはこの柿風亭である。

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柿風亭の入口

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入口の門を潜って、柿風亭に入ったところ

門も新しいが、中に入ると立派な庭で、良いところを見つけたなと思う。まだ造られて間もないのか、良く手入れが行き届いている。晴れた日で、茶会には良い日である。

玄関を入ったところで白い靴下に履き替え、先生に挨拶。現役生がOB席のある茶室に案内してくれる。

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OB席の隣の部屋が、OBの控え室になっていた。

控えの間になっている部屋に荷物を下ろし、合流したOBに挨拶をする。それから何をしたか、余り覚えていないが、I先輩に廊下でお会いして、席に入ったらどうかと勧められ、OB席に入った事は覚えている。なんてことはない、手伝いに来たような顔をして、すぐにOB席の客になってしまったのである。

OB席の菓子は主菓子で、持ってきた菓子切りが役に立った。漉し餡の餡子が甘くて美味しい。紅葉の菓子だったと思う。亭主が茶道口で頭をぶつけて、本当に痛そうだった。この席以外でも、誰か頭をぶつけていたので、機能性からいうとこの部屋は失敗である。しかし、躙り口など極端に背の低い入口を嬉々として造る茶室にそれを言っていいのか、微妙なところではある。

自分が正客をしていたのだが、足が痺れると嫌だし、拝見の作法を忘れてしまったので、主茶碗は拝見に回さずにそのまま返す。それであまり長くやらずに、お道具は飾り置きでと思っていたのだが、棗と茶杓が回ってきてしまった。やり方を忘れてしまっていたので、なんとなくそれらしい風で拝見し、隣に回した。本番の茶席で作法云々を聞くのもおかしい気がしたので、それで良かったと思う。

これは僕の理屈だが、作法を知っている人はさりげなく作法通りにすれば良いのであって、作法を知らない人は自然にすれば良いと思う。目の前に相手がいるときに、作法を気にしている事が伝わったら、一番失礼ではないかと思う。

最初のOB席は、客であったが、二席目はお運びである。もっとも、一席目をやってみて、お運びがいると却って邪魔になる事が分かったので、抹茶を持って茶席に入る事はしない。水屋から茶道口越しに、茶室にいる半東に抹茶を渡すだけである。

抹茶を渡す仕事の前に、まずは下足をやる。下足は、躙り口を潜って茶室に入った客の履き物を茶室の外で揃え、最後に戸を閉める仕事である。

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OB席で使った茶室を外から見たところ。左に廻ったところに躙り口がある。茶室の脇の、少し高くなっている石が沓脱ぎ石である

学生の頃はこんな仕事でも緊張して、できればやりたくなかった。何しろ作法が決まっていて、その通りにやらなければならないのだ。今回は流石に緊張はしなかったが、それは単に「大した事ではない」と考えるようになったためで、別に立派な事ではないだろう。

下足が終わったら、水屋の手伝いである。しかし、どう見ても水屋に人が多過ぎる。元々の水屋担当二人に、お運びだった二人を足して、四人が水屋にいる。これでは水屋が狭くなるので、一人ぐらいは外に出た方が良さそうである。

それでもしばらく水屋を手伝い、茶席が終わる頃を見計らって、外に出る。躙り口の戸を開けて、客の履き物を出さねばならない。

水屋から茶室の中の様子に耳を澄ませていて、もうそろそろ終わりという時に外に出たのだが、なかなか席が終わらない。話が盛り上がっているらしい。躙り口の傍らに窓があって、茶室の中から立っている自分の姿が見えるように思う。それで少し腰を落とし、隠れる事にした。待っている下足番の姿が茶室の中から見えたら「さっさと帰れ」と言っているように感じるかもしれないからだ。

ようやく席が終わって、茶席を出る客の履き物を出す。これで一先ず役目は終わった。

三席目のOB席もお運びの役だったが、OBで来ていたSさんに下足は任せて、自分は抹茶を水屋から茶道口に出す役だけをやる。

こうして振り返ってみると、自分がした仕事は客の履き物を揃えたり、抹茶を水屋から茶道口に渡したりしただけである。

さて、大して役には立てなかったが、一応役目は果たしたので、学生の席に入る。学生の席は三席あって、小間と広間、それから立礼席である。立礼席というのは、椅子の席である。この立礼席に入った。

亭主は哲学科の学生であった。自分は正客である。正客というのは、亭主とやり取りをする、言わば客のトップだから、皆やりたがらない。自分は断るのが面倒だから、勧められるとそのまま受ける。それでOB席に引き続き、この茶席でも正客になっていた。抹茶は少しぬるく点っていた。菓子は秋をテーマにした菓子で、三種類あった。半東からどれかおふたつどうぞと言われて、紅葉ともうひとつ、確か黄色い菓子を取ったと思う。グミのような干菓子である。ちょっと記憶が定かでないが、紅葉を掃き集める、熊手か箒をモチーフにした菓子があったような気がする。あ、面白い菓子があると思ったので覚えている。
軸は「紅葉満山川」で、茶道研究会のメンバーにはお馴染みのもの。自分の研究会のところの茶席だから、新しいお道具が見られるという事はない。これはしょうがない。代わりに、「お道具が懐かしい」という別のメリットがある。

立礼席が終わって、帰ろうかどうしようか迷った。妻には三時頃終わると伝えていて、そろそろ三時に近づいている。しかし、I先輩に勧めてもらって、やっぱり席に入る事にした。広間の席である。前の席が終わらないので、待合で待つ。

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待合の袋戸棚。少ない蝶で空間の広がりを表現している。

待合の障子が開いていて、縁側に続いている。

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待合から続く縁側。庭から腰掛けて、客が談笑していた。

 縁側から庭に降り、何枚か写真を撮る。今書いている、このブログ記事に載せたいと思ったのだ。もう一つの理由は、立派な庭だったからである。

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庭から縁側を振り返る。待合に着物を召した先生が見える。

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待合もしっかりあった。

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苔に陽が差している。


 風がある日で、庭を歩くと枯れ葉が舞い落ちてきた。柿風亭という名だが、柿の木はないらしい。柿の木を茶庭に配するのは、ちょっと出来かねるからだろう。

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竹が植えてある。花を配さないのが、いかにも茶庭らしい。

 待合に戻って待っていると、広間の客が呼ばれて、この日最後の茶席に入った。

華やかな棗で、それが一番記憶に残っている。漆の黒地に金色で紅葉の模様が描かれていたように思う。道具は飛び青磁の皆具だったはずである。香合は松ぼっくりの形だったかな。どの道具がどの席に出てきたか、定かでないが、ともかく秋という事で統一されていた。

足が痺れて、段々抹茶どころではなくなった。じっと足の痺れを我慢していると席が終わった。流石に帰る事としよう。

OB席の控えの間に戻ると、卒業したばかりのOBが道具を片付けていた。お任せで悪いが、手を出しても分からないので、そのまま上がる事にする。

M先輩やT先輩と一緒に上がって、武蔵境駅まで歩く。M先輩とは新宿駅までご一緒して、家に着いた頃には五時を優に過ぎていた。

家に着いたら、妻の機嫌をなだめるのが、最初の仕事である。要は謝るのである。お金を払って抹茶を運んで、何の得になるのかと聞かれて、うまく答えられない。

今回参加してみて、もちろん楽しかったけれども、OBはお金だけ出して、客になるぐらいがせいぜいで、あまり席を設けたりしなくて良いのではないか、少なくとも、自分はもう出なくていいかな、と思ってしまった。

学生が中心の茶会が自然だし、卒業しても茶道を学び続けているS君やT君は、後輩に手本を見せるという意義があるけれども、僕は卒業してから一度もお茶を点てていない訳で、後輩に見せられるものも、教えられるものもない。

邪魔をしに行ったわけではないし、請われて行ったのだから別に良い訳だが、遠くから応援した方が良い、というのが自分の結論になってしまった。

自分は学生の茶会からはほどほどの距離を置き、自分で勝手に抹茶を楽しみたいと思う。それでまた櫻門茶会が開かれたら、お祝いを持って、ちょっと客になる、忙しかったら、欠席しても失礼でない、ほとんどのOBは来ないのだから。