野狐消暇録

所感を記す

『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』を読みました。

この本の主張は3つある。そのうち2つは、サブタイトル「ベーシックインカムと一日三時間労働」にあるように、最低所得保障と余暇の大幅な拡充である。もうひとつは国境の開放により、人の移動の自由を実現する事である。

 

以下、簡単にまとめてみる。

① ユニバーサル・ベーシック・インカム

ユニバーサルという語は「誰でも、無条件に」という意味を強調するためについているるだけで、要は最低所得保障制度の事である。

最低所得保障制度とは、政府が国民に対し、生活に必要な最低限のお金を配る事で、国民の生活を保障すると共に、現在の複雑化した社会保障を整理し、様々なコストを削減できるとする制度である。

② 一日三時間労働

これは余暇の拡充を指す。

やり方としては、生産性の向上を生産量の拡大ではなく、余暇の拡充に向けるというものである。

著者の認識としては、現在技術の進展により、所謂中間層の仕事が徐々に減ってきている。仕事が減って生じた「ヒマ」は要するに失業であり、望ましくない事ではない。しかし、ベーシックインカムが行き渡れば、失業を余暇として使えるようになる。人は余暇を自分の望む活動に回せるので、社会が活性化する。もちろん、過労により健康を損ねることもない。

③国境の開放

国境を開放することにより、人の移動の自由が実現する。このことは世界経済の発展に繋がり、さらに貧困の撲滅に繋がる。

現在、物、金、情報は世界中を飛び回っているが、人の移動だけが自由ではない。生まれた国によって生じる不公平を是正するためにも、人の移動の自由の実現が不可欠である。

 

著者の主張を読んで、感じた事は以下である。

  • 著者は「平等」の実現を中心に置くが、同時に「自由」も実現される。

著者は左派の論者として上記の主張をしている。だから、自由の実現のためではなく、平等の実現に重きを置いて論を進めているように思うが、結局のところ、自由の実現にもなる。なぜなら、ベーシックインカムは「平等に」配られるが、それは人を労働から解放し、自由にするものだからである。国境の開放も、世界を単一の市場にしようとするグローバル化の流れに沿ったものであって、自由化と矛盾するものではない。

 

  • これはユートピアというより、経済学の論理的な帰結ではないか?

この本は、現在の世界には展望が欠けていると述べ、新しい世界の提案として、上述の改革案を書いている。その際、「ユートピア」を描こう、という言い方をしている。それは著者の思いだから、別にいいのだけれども、そういうモチベーションが仮になくても、経済学の知識を使って社会を構想すると、必然的に上記の結論が出てくるのではないかと思う。

経済学では、自由市場の利益と同時に、所謂「市場の失敗」を回避するための政策の必要性を説いている。著者の説く国境の開放は自由市場の実現そのものであり、ベーシックインカム労働市場による富の再分配の失敗をカバーするための、最も合理的な解決策の提案であると考えられる。余暇の拡充については、ベーシックインカムが実現すれば、自然と実現するかもしれない。そうなれば、もちろん、政府が直接関わる必要はない。

 

著者の主張は、平等の実現に深い関心を持つ点で、左派らしい視点で書かれた経済の構想である。しかし、主張の内容に於いては、所謂不合理な点もなく、経済学的に自然な提案であると思う。