観雀堂日録

炎天下 痩せた雀が 低く飛ぶ

神楽坂

二年近くリモートワークで働いてきたが、先日ある打ち合わせで出社したところ、直接話した方が具合が良いとのことで、今後の出社を要請された。それならと快諾したが、水曜日は家事の為に在宅勤務とさせてもらい、水曜日以外の、月曜、火曜、木曜、金曜に神楽坂の事務所に出社することになった。

神楽坂と言えば料理屋さんの並ぶちょっとした観光地である。以前遊びに来たこともあり、友達と食事したこともある。

仕事の合い間にふらふらと歩くと、中心となる通りだけでなく、そこここの小道にもレストランがある。松屋のようなチェーン店もあれば、小洒落たレストランもあり、種々雑多である。賑わいとしても大したもので、柴又のことを思い返すと、柴又には悪いが天と地の差だ。さて、中にはランチに二千円、三千円と取るような、強気な値段の店もある。これは外から眺めるだけにしておく。というのはこちらは観光ではなく、仕事で来たから、いい食事は要らないのである。まぁ昼はせいぜい千円前後のお店に入って食事をする。

それでも、デフレ時代の感覚だからか、昼に千円はやや高めと思うが、今普通に頼んでもこのぐらいはするのだ。神楽坂価格というのも多少はあるかもしれないが、リモートワークで世間を離れているうち、うっすらインフレが進んだのだと思う。

さて、デフレ野郎はある日のこと、いつものように神楽坂の坂を上ったり、下ったりしていた。散歩しようとするとその坂がちょうどいいのだ。

すると、パウンドケーキのお店が目に入った。人ひとりが店頭に立てるぐらいの、間口の狭い店である。店の外の看板を見て、外に置いてあるメニューをめくろうとしていると、中の店員が声をかけてきた。中年の女性であったかと思う。

色々の説明を淀みない調子で聞いているうち、気がつくと手にパウンドケーキの入った箱を提げて店の外に立っていた。

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てっきり他の和菓子屋さんに寄るときのように、三百円や四百円の、小さなお菓子を味見のように買うつもりだったのだ。それが気がついたら、千円ちょっとのパウンドケーキを買ってしまった。参ったなぁ、と思いながら、しかし楽しみではあった。

家に持ち帰って早速食べてみた。なるほど大きさこそ小さいが、しっとりとして甘く、1cmぐらいの厚みで切って出せば、充分一人分のお菓子になる。中がふわふわなのではなくて、しっかりと詰まっている。

これは良い。店員が贈り物に喜ばれているという風なことを言っていたと記憶するが、それも分かる。上品であり、贈答品に適格だ。

 

神楽坂   上って降りて   お買い物

 

アドベントカレンダー

この記事は、misskey.dev ユーザー Advent Calendar 2024 25日目の記事です。

too new version

中国から夏休みを利用して日本に遊びに来た親戚は富士山に行きたがった。案内するのは吝かではない。ただ登るのは小さな子供もいて無理だと思い、五合目辺りでお茶を濁して、さあ帰ろうとなった時、高校生のトトが富士急ハイランドに行きたいと言う。なるほど。反対する理由もないので遊園地を訪れた。日が暮れていよいよ帰ることになった。富士急ハイランドは出入り口から外に出ると、直付けで富士急行線の駅に接続する。他に行けるところはどこにもない。

駅の切符券売機の前には帰ろうとする遊園地客が列を作っていた。自分の前に前に並んでいるのは、欧米から来たと思われる観光客のグループだ。始めに買おうとしていた人は戸惑いつつも何とか買ったが、自分のすぐ前に並んでいた人は困っているようであった。肩越しに覗き込むと、何度お札を入れても、出てきてしまうらしい。列車の到着を知らせるアナウンスが流れると、彼女は慌て始めた。

よく観察してみる。そうだ、間違いない、彼女は出たばかりの、渋沢栄一の一万円札を入れている。そしてその券売機には、テプラで「新一万円札は使わないでください」と日本語で注意書きがある。

「トューニューヴァージョンオブ」と自分はわりと大きな声で言った。彼女が振り返って自分を見た。連れの男性も自分を振り返った。

「オブ」の後に、お金を意味する言葉を言いたかったが思いつかない。

「ナットユーズ」

と、自分は大声で言いながら、テプラで書かれた注意書きを指差した。

先に切符を買って向こうで待っていた男が引き返してきて、お札を自分に見せた。福沢諭吉である。

「オールドヴァージョン」

と指差して自分は言った。

彼女は今度はすんなりと切符を買えた。

「アリガトウ」

と彼女は日本語で礼を言った。

日本人なら注意書きを読めるが、彼らには謎の言葉である。

 

栄一は まだ受け付けぬ 券売機

 

アドベントカレンダー

この記事は、misskey.dev ユーザー Advent Calendar 2024 の10日目の記事です。

勇者の告白(小説)

勇者「故郷の村が焼かれ、自分だけが生き残った。それで死に場所を求め、敵基地に飛び込む任務に志願した。そしたらたまたま成功した。それ以来、勇者と呼ばれ始めた。俺は自分だけが生き残ったから、死にたかっただけで、勇気などというものではなかった。故郷の村で一人生き残ったのも、強運の持ち主ということにされちまった。本当に勇気があるのは、公国から来たあの王女だ。貴族のもとに嫁いで、不自由なく暮らすのがお定まりだのに、この苦労と危険が待つだけの旅に来た。彼女のほうがずっと勇気があるじゃないか」

王女「違うよ。私はたまたま魔法の力が強かったの。それも公国中でトップだったの。だから、私が討伐の旅に出るのが、一番可能性があるの。私は一番自分の力が生かせる道を選んだの。それだけのこと。あなたはすべてを失うことで、敵基地に飛び込む勇気を得た。全てを失って、自殺する人だっているの。あなたは死ななかった。代わりに自由を得て、八面六臂の活躍をしたの。それが勇者ということなの。だから何も気にしないで。そしてこの話はおしまい」

王女は立ち上がった。

二人の近くで話を聞いていた、僧侶は思った。

「俺には何のエピソードもねぇな。ヒーローに成れると思って来ちまった。俺は呑気すぎるんだろうか」

香水の香り

マツモトキヨシだと思うが、妻が部屋やトイレに置く、匂いの出る物を買ってきた。それで、妻はそいつをあちこちに置いた。芳香剤と呼ばれるものである。

寝室にも一つ置いた。良く眠れるようになる、と言う。

いい匂いでしょう?と嗅がされた。うん、確かに。

それで寝た。

翌日だったか、昼過ぎに妻が文句を言った。

「もう半分になった」

芳香剤の中身がかなり減ってしまったようだ。自分は仕事中だったから、そんなものだとかなんとか、生返事をしたように思う。

さて、仕事を終えて、自分はベッドで寝た。5時間ぐらい寝て起きると左肩の辺りが濡れていた。汗かなとその時は思った。ベッドが濡れていた。

妻があとで言った。あの香水は、溢れてしまったのだ、と。良く寝れるようにと、ベッドに置いて寝たら、溢れてしまい、ベッドを濡らしたらしい。

それであんなに減っていたのだ。

色々な事象が一本の線で繋がり、真実が明らかになった。

それから、寝る時には芳香剤の香りがベッドからするようになった。妻はちょうど良かったと言っている。本来の使い方とは明らかに異なるが、確かに寝る時に香りがする。

太陽光発電モニターの故障

太陽光発電装置が家に設置され、その日のうちに発電が始まった。それはそれで良かったわけだが、設置工事のあとに、時計などの初期設定のためにモニターを開こうとしたところ、「電力検出ユニットまたはルーターを探している」という意味のメッセージが出て、そのまま次の画面に進まなくなってしまった。どうやら、電力検出ユニットが見つからないためにモニターに情報が映らないらしい。

このモニターは発電量や買電、売電などの量を表示する装置で、今までどれだけ発電したかなどの過去履歴も見れる。それでまぁ、せっかく設置したわけだし、モニターを見たかった。

一階の部屋から出て、玄関の近くにある洗面台まで移動する。電力検出ユニットは洗面台の近くの壁にあるのだ。で、もう一度モニターを起動してみる。

ダメだった。近づいて起動したのに繋がらない。

説明書を開いて読んでみる。どうやら、自宅のルーターに繋ぐこともできるらしい。業者はルーターを触っていないから、今はおそらく、直接モニターと電力検出ユニットが無線で繋がる設定のはずだ。

あまり、触りたくなかったが、説明書を信じて電力検出ユニットの蓋を開ける。蓋はねじを緩めてねじを抜かないと開けられない。こういう開け方になっている以上、普通はユーザーが触る場所じゃなさそうである。知らない機器を触って壊すのが嫌なので、なるべく開けるのを避けたかったが、やむを得ない。

蓋を開けたら、電力検出ユニットの表面に、理解できない電気関連の設定が色々ある。が、それは無視して無線のボタンを見つける。これを押すらしいので、説明書に従って押す。それからルーターの無線設定ボタンを押すために階段を駆け上がり、三階のウォークインクローゼットに入って、棚の上に置かれたルーターのボタンを押す。一階に戻って電力検出ユニットのランプを見るが、良くわからない。モニターを見たが、ダメらしい。それから、ルーターを介さずに直接接続する方法も試したがダメだった。

いくらかの格闘の末、業者に連絡を取った。触りすぎても良くない。要は自分で解決することを諦めたのである。

翌週の水曜日の昼頃、業者はやってきて、しばらくすると直ったようである。一度送電の方を切って、立ち上げ直したらしい。

二階でもモニターまで電波が届くのを確認して、彼らは帰った。これで解決である。そして、お土産の野菜ジュースを業者に渡せたので、自分も満足である。

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妻が家事をするようになった

結婚してすぐの頃は料理を作ってくれたり、買い物をしてくれたりした。

しかし、徐々にやらなくなり、「とりあえず結婚したしでやってみたが、飽きた」のかなと思った。

特に片付けはしなかった。私は片付けと掃除、洗濯、皿洗い、ゴミ出しなどをやった。充分とは言えなかったが、二人暮らしの二人のうち、妻は買い物以外やらないとすると、私がやるより他なかった。やらなかったら、洗濯しない服を着て、ゴミの中で暮らすことになる。

まぁ、綺麗好きの人から見たら、実際ゴミの中で暮らしている節もあったが、二人ともそこまでは綺麗好きでなかったので、そこそこで暮らしていた。

ある日、中国から妻の両親が日本を訪れた。3ヶ月の短期滞在ビザであった。

妻の母は、働き者であった。そして綺麗好きでもあった。前回来日した時もそうだったが、着いたその日のうちに片付けが始まった。飛行機で来て、着いた日は疲れているに決まっているのに、すぐに片付けが始まったのだ。

数日経つと、見違えるほど家は片付いた。あとで何がどこにあるのか、分からなくなったほどである。

2ヶ月半で、滞在を終えて、妻の両親は帰国した。

ある夜、明かりを消して、ベッドに入りながら妻と話していた。

「君のお母さんはすごいね。あんなに働く人はいないよ。立派な人だ。もう帰ったが、あの家事は僕が引き継ぐかな」

大体そんなことを言った。

「私もやるかな」

妻が言った。

それからというもの、妻は昼御飯の準備をしてくれるようになった。冷凍のお弁当を温めたり、牛乳を持ってきてくれるようになった。

また、外から業者が入るような時には、家を一緒に片付けたりした。

私は、妻のお母さんを褒めたとき、必ずしも妻に「お前もやれ」という圧力をかける意味を込めたつもりはなかった。ただ、本当に褒めたのだ。だが、もしかしたら、それがきっかけになったのかもしれない。

人に家事をやってもらうと、当然のことながら、助かる。それと自分は夫婦で家事をするのが夢だったので、嬉しかった。二人で料理をする夢もあるが、こちらは時々しか叶わない。それは手作りの餃子を作る日である。

太陽光パネル設置工事②

足場の組み立ては家の外で完結するので、不在でも良いと言われていた。しかし、本丸の太陽光パネル設置工事は、在宅を要請されていた。鍵を開けて作業員を家に招き入れなければならないためだ。

朝早く、と言っても八時過ぎだが、我々遅起きの民にとっては早い時刻に、彼らは来た。

すでに組み上がっている足場のある玄関で出迎えると、簡単な挨拶があり、早速作業が始まる。

家の中にはパワコン、家の外にはブレーカーの入った箱を設置するとのこと。そして当然屋根には太陽光パネルである。

説明を聞いたあとは、特にやることがない。わざわざ会社の休みは取ったものの、自分には別に作業はないので、リモートワークで働くことにした。

ちょこちょこやっていると、上司からSlackのハドルミーティングで通話要請が来た。それで話していてヤバいと思った。今、立ち会いに来てくれと作業員に言われたら、通話中で行けない。仕事に手を出すんじゃなかった。後悔した。

だが、幸い、通話中に作業員から声がかかることはなかった。

眠くなってきた。布団に入って寝る。

作業員の声が下から聞こえてきて起きる。

パワコンの設置位置の確認だ。おおよそ、事前確認で決めておいた通りの場所で、異存はない。

外の壁面に付けるブレーカー箱の位置や筒の色も合意した。

戻ってまたベッドで寝る。

しばらくするとまた呼ばれ、パワコンの裏の壁の中に線が通らないらしく、カバーを付けて壁面の外に線を這わせ、そのまま天井に線を引っ張る案を了承する。

そしてまたベッドで寝ていると、再び呼ばれた。

行くと工事は終わっていた。

午後一時半であった。足場組み立てよりは時間がかかったものの、夕方まではかからなかった。五時間ぐらいか。

外のブレーカー箱も、パワコンも、屋根の上の太陽光パネルも、すっかり綺麗に設置が終わったようだ。

もうすでに太陽光発電は稼働しているとの事で、液晶パネルで発電量、使用量、売電量を見せてくれた。なるほど、ここで確認できるのだな。取り扱い説明書を受け取る。

作業員の諸々の説明を聞き終わり、お礼を言うと彼らは帰っていった。

昼寝のせいでまたしてもお茶のペットボトルをあげ忘れた。寝ていて買いに行き損ねて、そのまま作業終了で作業員が帰ってしまった。