野狐消暇録

所感を記す

2018年の初釜 於 日本大学文理学部茶華道室

四十何年ぶりの寒波とかで、とても寒い日だった。11時半頃に家を出て、日本大学文理学部に向かった。途中、井の頭線渋谷駅のホームにあるキヨスクでおにぎりとレモンジュースを買い、軽く腹ごしらえをする。明大前で降りて、京王線に乗り換える。学生時代の四年間、通い慣れた道だけあって、今でも乗り換え先のホームをそらで覚えている。明大前駅の構内には京樽という巻き寿司を売る店があり「ここでお昼を買えば良かったか」と後悔したが、ゆっくりと食べている時間はない。

京王線高井戸駅で電車から降りた時には、初釜の受付開始時刻の10分前だった。大学まで続く商店街を歩く。知らないうちに、新しいラーメン屋さんができている。商店街を抜けて、大学の敷地の外に着いたら、歩いてきた道を左に折れ、裏口に向かう。裏口から大学の敷地に入る。空は良く晴れて、先日の大雪の名残りの雪が、あちこちに寄せられている。

サークル棟の2階に上がると、すぐに受付があった。名乗っていないのにすぐに客と気付いてくれ、芳名帳に名前を記す。学生もスーツだが、自分も着物がないからスーツである。コートをクロークに預けてサークル室に入る。奥の一間が待合になっていて、今日だけ緋の絨毯が敷かれている。今部長をされているK君が挨拶してくださったので、絨毯に座ってしばらくしてからK君を呼び、持ってきた物を渡す事にした。

 

持ってきた物というのは、アーモンドとピーナッツである。アーモンドは殻付きのもので、甘い味が付いている。ピーナッツは殻なしで、やはり甘い味付けである。これらの木の実は両方とも、中国の山東省にある青島市で購ったものである。

なぜ青島市で買った木の実を自分が持っているかというと、理由はこうである。

妻が調子を崩して、お母さんがいる中国に帰り、静養する事になった。それが12月の初めの事である。自分も年末年始の休みに入ると、飛行機で青島市に渡った。妻の調子はもう大体良くて、正直中国に帰る必要もなかったかもしれないが、お母さんが心配されるので、それで帰ったところがある。

それで結局、ドイツ租借時代の街並みを観に行ったり、二人で近くの市場に行き、買い物をしたりして過ごした。そうやって青島を見て回るうち、量り売りで売っているアーモンドを買い、袋で売っていたピーナッツも買ったのである。

さて、正月過ぎに日本に帰国し、初釜に行く事になったのだが、お茶会に行くとなると、身内で開く初釜とはいえ、先輩としてお祝いをいくらか包むべきところである。しかしこのところ、懐が寒い。そこでどうしたものかと考えて思い付いたのが、前述のアーモンドとピーナッツである。お茶会の朝、妻が袋に詰めたアーモンドとピーナッツを渡してくれたのだが、その時「皿も持っていくか?」と妻に聞かれた。

それは全く思い付かなかった。多分茶道研究会には、お菓子を出す皿があるだろうとは思った。何しろ、茶道にはお菓子がいつも出てくるのだから、皿がない筈はない。しかし、それは主菓子を乗せる皿だからな、普通のお菓子を出す皿はそんなにないかもしれない。

それで皿を用意する事にした。最初、家で餃子を乗せたりしている薄い皿を妻が用意しようとしてくれたのだが、いい事を思いついた。昔働いていた会社の懇親会のゲームで貰った、ロイヤルコペンハーゲンの皿がある。これはなかなか良い皿だと思っている。デザインもうるさくなくて、割合に上品だ。 

f:id:nogitsune413:20180128211900j:plain

会社の懇親会で頂いたお皿

この皿を持っていき、ここに木の実を盛ったら良かろう。みんな茶道研究会のメンバーなのだから、多少皿などにも気を使う人だろう。そう考えると、ちょうど良い。

それで話を元に戻すと、部長のK君にお土産を渡そうとして、「先日中国に行ったんだけど、そのお土産があるんだ」と言い、続いて持ってきた袋から皿を取り出した。これがいけないといえばいけなかった。見ていた部員が「おお」と言って喜んでしまったのだ。どうにも言い出しづらかったが、「これはお土産じゃないんです」と言って、後からアーモンドとピーナッツの包みを取り出して、K君に渡した。

みんなアーモンドとピーナッツを食べてくれ、美味しいと言ってくれた。殻付きのアーモンドは日本では珍しいし、アーモンドやピーナッツは塩味が当たり前で、甘い味付けも日本では見ない。それで大したものではないんだけど、異国情緒だけはそれなりに備えていて、お土産としての役割を果たしてくれた。

f:id:nogitsune413:20180127141947j:plain

戌年という事で、待合に犬の色紙が飾ってある

N先生にご挨拶して、ずっと茶道研究会を指導している、先輩のIさんにご挨拶。N先生の着物の柄が気になって、褒めていいのか考えて、褒めないでおいた。僕なんかが着物を褒めると、馴れ馴れしいし、却って失礼になりそうである。I先輩はまだ歳が近いから、後で「これは菊ですか」などと聞いてみた。なんでも、一年中着られるように、色々な花をあしらってあるそうである。

一席お茶を頂いて、せっかくだから、もう一席入った。客はOBや卒業生、在校生などである。いわば身内のお茶会なので、ざっくばらんとしたもので、席の間も色々な世間話が出る。隣の待合とは襖一つを隔てているだけなので、待合の話まで聞こえてくる。僕も最初は流石に茶席なのでどうかと思っていたが、ついつい最近転職した時の面接の話などをしてしまった。

それはそれで、和気藹々として結構だし、何も止めるつもりはないのだが、黙々と茶を点てる亭主と、決して笑わない半東が何とはなしに気になり始めた。どう思っているのか。別に怒っているはずはないが、普通、客と亭主の在り方が、ここまで離れてしまったら、亭主がキレていてもおかしくはない。作法通り進めると、亭主と半東は何も話さない事になっているから、それで話していないだけだとは思うが、気になる。

それに、茶道の雰囲気というのも、やっぱり徐々に壊れてきているのかもしれないと思った。つまり、あまり賑やかだと、茶道的ではないのである。もっと静かでなければならない。和敬清寂と言うが、ここには「寂」の一字があるではないか。

そんな小難しい事を久しぶりに考えているうち、茶席が終わった。足の痺れが取れると、自分はあちこち写真を撮った。この行為は所謂道具茶というヤツで、あまり上品ではないかもしれないが、SNSに写真を上げる習慣が付いてしまって、ここでも何枚か写真に収めた。

f:id:nogitsune413:20180127142031j:plain

お正月の飾りが付けられている。

f:id:nogitsune413:20180127142013j:plain

正面から見たところ

f:id:nogitsune413:20180127142018j:plain

独楽繋ぎの炉縁

f:id:nogitsune413:20180127142040j:plain

香合も犬だった。可愛い。

f:id:nogitsune413:20180127142105j:plain

椿が活けてある。

f:id:nogitsune413:20180127142057j:plain

茶道研究会ではお馴染みの「松樹千年緑」

高級品はないけれど、懐かしかったので、自分には楽しかった。
またしても言い出しづらかったが、K君に言って木の実を盛っていた皿を返してもらい、そろそろと思って、お暇した。皿は置いてこようかとも思ったが、妻の許可を貰っていないので止めておいた。

しかし、賑やかな初釜だった。部員が多い方がやっぱりいいなと思った。しかし、障子から畳から、随分傷んだものだ。備品として大学が交換してくれるなら頼んだら良いし、ダメなら畳はともかく、障子ぐらいは交換できそうだ。物を大切にするのも茶道のうちだが、セロハンテープで補強した障子は、やっぱり張り替えた方が良いだろう。

部長のK君と半東の方の雰囲気が、かつての自分達に重なって面白かった。誰がやっても、あんな感じになるのかな。それが茶道の力なんだろうか?