野狐消暇録

所感を記す

布教

Nさん、というのは架空の人物ですから、そのつもりでお読みください。

さて、僕はNさんと喫茶店にいた。僕は溜め息を吐いて云った。

「Nさんは、学校を出てから、お茶を点てる機会はありますか」

「ないですね。忙しくて」

「僕もないです。お金もありませんしね。でも最近、紅茶を飲むようになりましたよ。茶葉から紅茶を淹れるんです。結構おいしいですよ、これは」

僕はテーブルに置いてあったスマートフォンを取り上げて、写真を見せた。

「中国から持ってきた紅茶です。青島市の近く、崂山(ろうざん)の名産です」

Nさんは、興味がなさそうに、しかしそれでも一瞥はした。

「こっちの写真は急須に葉を入れたところですが、ちょっと葉が丸まっているのは、炒ったお茶だからです。普通のお茶っ葉は乾燥させて作る。これは炒ってあるんです。味は少し強い。中国のお茶は大体日本より強いですから。烏龍茶を思い出してもらえると、分かりやすいかと思うのですが」

「う~ん」

「ちなみに、先輩はお茶って何番煎じぐらい飲みますか?」

何番煎じ?」

「紅茶の葉を急須か、ティーポットに入れてお湯を注ぎますね。しばらくすると、葉から紅茶の味が染み出てくる。それをカップに注いで紅茶を飲む。これが一番煎じですね。もう一度お茶を淹れると、今度は最初より薄くなるが、もう一杯飲める。これが二番煎じです」

「なるほど」

「この紅茶は自分の試したところでは、大体四番煎じぐらいまで飲めますね。かなり薄くなりますが、まぁ紅茶かな、というところです。五番煎じになると、もうほとんどお湯と同じです」

先輩は神妙に、きっと笑うところではないのだろうと聞いている。

「普通は大体二度ぐらい飲んだら、それでおしまいにするかもしれません。四度も飲むのは珍しいかもしれませんが、あまり暮らしに余裕もありませんし、お茶を大切に飲みたいと思っているのです。ところで、先輩はお菓子は召し上がりますか」

「食べるよ。たまに」

「僕もたまに食べます。もっとも、先輩のたまにと僕のたまにだと、僕の方が頻繁かもしれませんが。先輩は月餅というお菓子をご存じですか」

「あ~あ」

と先輩は何か閃いたかのごとく相槌を打つ。

「最近美味しい月餅を見つけまして。中に餡が入っているんですけど、一緒に砕いた木の実が入っている。茶道で使う主菓子に近いのですが、あれほど甘い感じはないですね。茶道の主菓子を100とすると」

自分は一息置いて考えた。

「75ぐらいの甘さですね。わりに食べやすいです。中国に中秋節というお祝いがあるのですが、日本で云うお月見なんですけど。あの時に食べるお菓子らしいです。僕も参加した事はないのですが、家族が集まって、みんなで夜にお祝いをするらしいです。お酒も出るんだとか。僕はお酒はやらないのですが、月餅が美味しいなと思って、ちょこちょこ食べているのです。中秋節は八月十五日ですけど、中国は陰暦ですから、九月の」

また考えたが、はっきりした日付が分からないので、

「下旬です」

と続けた。

「崂山のお茶は緑茶もあって、そっちもたまに飲んでいますね。茶杓で抹茶を掬って、茶筅で点ててということではありませんが、紅茶も結構いいですよ」

「確かに」

Nさんは相変わらず気のない風で相槌を打つ。

「工夫次第だと思っているのです。お金がなくても、暇がなくても、工夫次第だと、僕は思っているのですよ」