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野狐消暇録

所感を記す

妻と出会った頃

出会った時には、まだ妻ではなかった。

しかし、自分達はお見合いで出会ったのだから、もしかしたら、お互いが夫婦になるかもしれない、とは思っていた。

上野で会う事が多かった。アメ横を彼女が案内してくれた。アメ横には、美味しい涼皮(リャンピー)の店があって、大きな小籠包を売っていた。どちらかというと、評判になっていたのは小籠包だったが、自分達は小籠包と共に、涼皮もまた楽しみにしていた。涼皮というのは、幅の広い麺の上にキュウリの細切りやちぎった揚げ豆腐を載せ、辛い味付けをした冷麺である。

お見合いをしたのは赤羽の喫茶店だったが、また会う事になった時、お互いの住まいの中間辺りにある、上野で待ち合わせたのだった。

上野のアメ横を歩いているとき、彼女はあるビルの地下に入った。付いていくと、中華料理の食材がたくさん売られていた。そこにいる人達は大抵中国語を話しており、自分には何を話しているか分からなかった。売られているものも、日本では食べないものばかり。もしかしたら、知らずに食べているのかもしれないが、スーパーで売られているのを見たことはない。彼女は僕に、ココナッツのソフトドリンクを買ってくれたと思う。それから、ひまわりの種も買ってくれたが、これは食べ方が分からず、後で捨ててしまった。結婚してから妻に教えてもらったのだが、単に殻を剥けば良いのであった。自分はひまわりの種を殻ごと食べようとして、「とても食べられない。捨てよう」と思ってしまった。彼女は僕に色々プレゼントをしてくれた。自分も何か彼女に奢りたいと考え、二人で食事をした後に代金を支払おうとしたところ、彼女は固辞した。それ以来、彼女に奢ろうとした事はない。奢る代わりに、自分は彼女の好意を有り難く受け取る事にした。彼女は今でも、二人で食事をしたら、必ず二人分の代金を自分で支払う。

上野のアメ横から少し逸れたところにある路に、地下に降りる入口があり、その下に中華料理店があった。食事をしながら、面接のような事を互いに聞いた。自分は日本にずっと住むつもりだが、君は中国に帰りたくならないのか。結婚してから、少しの困難ですぐに離婚されては困る。僕はそんな自分の都合を言った。彼女は僕の行くところ、どこへでも付いていくという。凄いなと思った。

鉄の串に刺した肉を火に炙って食べ、ビールを飲んで酔った。彼女はバラエティ番組が好きだと言い、「ちょと待て、ちょと待て、お兄さん」と芸人のネタを真似た。自分はあまり面白いと思わなかったけれど、そんな事はもちろん、どうでも良い事だ。

何度か会ううちには、上野の不忍池の周りを散歩した事があった。自分は全く覚えていないが、彼女は僕が一人で自動販売機の飲み物を買い、彼女に飲み物を勧めなかったので、「気が付かない人だ」と思ったそうである。僕は彼女に飲み物を勧める事に気が付かなかっただけでなく、そう思われた事にすら気付かなかった。

大きな木のそばを通りかかったとき、彼女は子供の頃の思い出を話した。それは、木から芋虫が落ちてきたときのことだ。その時、母が近くにいたという。 僕らは石で出来た台のようなところに腰を下ろして、話をした。確か、自分の仕事の事を話したと思う。彼女は中国語を日本人に教えていた。僕は、仕事を始めたばかりの頃、どの現場も首になって苦労した事を話した。

「若い頃頑張るのが良い。のんびりするのは、歳をとってからで良い」

彼女はそう言った。

僕はそうやって、上野や日暮里で、何度か彼女と会い、少しづつ親しくなった。