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野狐消暇録

所感を記す

日本大学文理学部茶道研究会創立六十周年記念立食会

茶道 随筆

日本大学文理学部国文学科を卒業したのは、もう八、九年前の事になる。
在学中は好きな本を読んだり、茶道研究会でお点前の稽古をして過ごした。
大学卒業後、仕事に追われて、茶道からは離れてしまったが、年に一度、茶道研究会が主催するお茶会には、時々顔を出していた。
今年はお茶会の案内以外に、もう一通ハガキが届き、何だろうと思ったら、題に掲げた件であった。創立六十周年記念の立食会を開くので、ぜひお越しくださいというのである。
会費が幾らかかかるので、買い物で十円、二十円の節約を心掛けている妻の顔が浮かばないではなかったが、今年は結婚後の諸々で忙しく、文理学部のお茶会に行けなかったのが残念でもあったので、せめて記念会ぐらいは参加したいと思い、出席の旨記したハガキを返信した。

 

電車で会場の文理学部に向かった。日本大学文理学部は、世田谷にある。井之頭線で下北沢駅を過ぎ、明大前駅で降りる。明大前駅のホームや乗り換えに歩く通路の様子も懐かしい。駅の造りは変わっていないが、入っている店は変わったようだ。明大前駅から京王線に乗り、下高井戸駅で降りる。
まだ五時になっていないのに、もう日が暮れてきていて、辺りは薄暗い。それでも、駅前を通る商店街は明るい。商店街を抜けると、いよいよ暗い。通学路なのに、通りを歩く学生も少ない。文理学部の正門辺りにスーツの集団がいるが、全員若い。今年就職する学生かもしれない。
大学の構内に入ると、小さな看板が立っていて、茶道研究会の文字が見える。二人、スーツの青年が看板の両脇に立っている。茶道研究会の現役生に違いない。案内されて、会場であるカフェテリア・チェリーに向かう。そこが立食会の会場なのである。外の会場を使わずに、大学の施設を使ったのは、予算の都合が大きいだろうけれど、OBとしては嬉しい事だ。校舎を訪れる事が既に懐かしいのだから。


会場に入り記帳を行う。お茶会と同じ受け付けになっているようだ。和紙に筆ペンで字を書くと、大抵歪んでしまうが、僕は歪んだ自分の字が嫌いではなく、どちらかというと好きなので、気にしていない。クロークもあって、コートを預ける。
会場を見渡しても、知った顔があまりない。仕事を引退されているであろう歳の先輩方の姿があるが、創立メンバーのHさん以外分からない。お茶会でお目にかかるTさんの姿が奥に見えたので、取り敢えずそちらに向かった。近くに行って話すと、一緒に立っている女性はKさんであった。
会の開始時刻が近づくにつれて、徐々に人が集まってきた。稽古をつけて頂いたH先生に挨拶したり、後輩と話したりする。一番稽古をつけて頂いたK先生は来られないらしい。後で聞くと、お元気ではいるものの、会場に来るのは大変だから、欠席されたとの事である。K先生はもう八十歳を超えているのである。会場の真ん中には軽食が並べられており、取って食べられるようになっていた。テーブル席について烏龍茶を飲みながら話していると、司会がマイクの前に立ち、会が始まった。


諸先輩方の挨拶を拝聴するうち、文理学部の茶道は、そもそも女子学生が中心になり、日本文化を学ぶ目的で、華道と一緒に始めた活動である事が分かった。最初の頃は、男子学生が入部する事に対して抵抗感もあったらしい。
また、一時は合宿で円覚寺の雲長庵に行き、坐禅をしていた事も話に出た。
折々の話を聞くのは楽しい。お金の話なので、詳しく書く事が憚られるけれども、部費の工面に苦労した話もY先輩から聞き、面白かった。人の苦労を面白がるのはいけないようだが、もう笑い話になってしまっているから、一緒に楽しんでも大丈夫だろう。
面白い話と言えば、何人かマイクを渡されて、自分のいた頃の茶道研究会の思い出を話す企画で、M先輩のした懐古談が面白かった。お茶会を開いて、最初の客をお茶室に通し、亭主がお茶を点てようと釜の蓋を開けると、お湯がなかったというのである。
これには現役生も含め、みんな本当に笑っていた。後でその事をM先輩に言うと、
「失敗談が一番面白いからね」
と言っていた。
自分もマイクを渡されて話をした。

ひとつは、綺麗なお茶室でお稽古させて頂いた事。自分が入学した時、ちょうど新しいお茶室の落成記念のお茶会が開かれていたのだが、その新しいお茶室でお稽古をしたので、畳から壁から障子から、全て新しかった。
二つ目は、丁寧な点前を習った事。他校の学生の方に褒めて頂いた事があるぐらい、細かく所作を教えて頂いた事。
三つ目は、卒業後の事。卒業後、茶道が直接役に立つ機会はなかったが、時間が経つに連れ、やっていて良かったと思う事があった事。これは詳しく話す事ができなかったが、思いやりや心配り、平和な会を楽しむ心が、今でも自分を柔らかく、目に見えない形で支えていると思うのである。

歓談している時、学生がお抹茶を点てて持ってきてくれた。懐紙に載ったお菓子付きだ。お菓子は餡が入ったお饅頭である。二つに折られた懐紙の内側に黒文字が入っていたけれど、黒文字でお饅頭はなかなか切れない。結局、手で摘まんで口に運んでしまった。

お抹茶は熱すぎず、ちょうど良い熱さだった。今日は立食会でお抹茶は飲めないと思っていたから、本当に嬉しかった。得をしてしまった。

自分は近頃結婚して忙しかった事もあり、欠席してしまったのだが、去年のお茶会は濃茶席があったらしい。それを聞いて欠席を悔しく思っていたところだったから、猶更であった。

それから、指導を受けたH先生が自分のいた丸テーブルの席に座られて、こんな話をされた。今、学生を指導しているIさんは、H先生から後任を頼まれたとき、学生を指導する立場に立つならお免状がないといけないという意味の事を言って、学生にお茶を教えるために茶道のお免状を取られたというのである。自分はその、Iさんが茶道のお免状を取られた披露のお茶会に客として訪れていたのだが、そういう経緯があったとは知らなかった。お免状を取った披露のお茶会である事はもちろん分かっていたけれども、学生を指導するためにお免状を取った事は知らなかったのである。

さて、先輩の近況などを聞き、後輩と少し話したりしていると、会の終わりが近づいてきた。
閉会の辞の前に、顧問の先生の挨拶があり、茶道研究会OBで、大学に残って語学の研究をされているS先輩の話があった。
これは日本大学の近況の話であった。近頃は、大規模な大学に人が集まり過ぎて、人が集まらずに定員割れする大学が出てきている。そこで、大学ごとの入学人数のバランスを保つために、今まで定員の1.3倍まで入学させて良かったのが、最近は定員の1.1倍とか、1.05倍までしか入学させてはならない事になった。結果として日本大学に入学する学生の数が減り、学費収入が減った。その煽りを受けて、改築するはずの一号館を補修して使い続ける事になった。
最近、一号館の壁が剥落して外壁の一部が落下する事件があり、事件の起きた場所が立ち入り禁止になったそうである。
最後に閉会の辞が学生からあった。

いつだったか、記念写真の撮影も、会の途中にあった。この時に撮った集合写真は、会の最後にお土産として一人一人に渡された。

 

こうして六十周年記念立食会は幕を閉じた。クロークでコートを受け取り、お土産を手に帰路に就いた。帰り道は、TさんとKさんと一緒であった。Tさんはなかなか忙しく働かれているらしい。マラソンもしているそうである。渋谷で二人と別れた。

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