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野狐消暇録

所感を記す

新年会

2015年が終わろうとする、暮れの12月31日、神奈川県鶴見区の自分のマンションから、妻のフェンを連れて、神奈川県厚木市の実家へ帰省した。鶴見の部屋から出発するのに少し手間がかかる。これは独身の時と少し違った点である。

寒い。

京浜東北線鶴見駅で電車に乗り、横浜駅で乗り換えて相鉄線海老名駅で乗り換えて小田急線、最寄りの本厚木駅に着いて降りる。

バスに乗ろうとして、駅に程近いバス停に行く。時刻表を見てみると、あと25分くらいバスは来ない。自分だけなら、ちょっと落胆してそのままバス停で待つところだが、フェンが少し歩こうと言う。フェンは、知らない町に着くと、歩き回って、その町を知ろうとするのである。それで少し歩いて、バスのロータリーや、その町で一番大きな図書館の前を通り過ぎたりした。

しばらくして、やってきたバスに乗り、終点で降りた。実家に着くと、両親が迎えてくれた。あまり考えたくないが、両親が歳をとったと思う。

夕食を食べて、話をする。

フェンの母国である中国の話になる。何しろ、面白いから、その話になる。僕も、この間、二人で作った餃子の話をする。

「中国では、茹で餃子を食べるんだろう」

と父が言う。

「そうそう。餃子を皮から作る」

「焼き餃子は、余った茹で餃子を食べる時にするんだってね」

父は僕が言おうとした話をちゃんと知っていた。ちょっとがっかりした。

余った茹で餃子を翌日焼き餃子にして出してくれたのは、フェンの工夫だと勝手に思っていたのだが、それが中国では普通なのだと後から知り、自分は感心したのだった。

その話をしたかったのに、先回りされてしまった。

弟も途中から加わった。

弟は、僕の見た感じ、歌舞伎役者の海老蔵風のいかついファッションになっていた。男らしいという評判だと当人が言うので、

「その言葉の裏の意味を、家族の親切で僕が教えよう。それは、怖いという事だ」

と伝えたが、

「そうかなぁ」

と響かなかった。

どうも、自分と弟はうまくいっているのか、いないのか、良く分からない。

フェンから見ると、日本人の付き合いは、とても薄いらしい。両親についても、「本当の両親なのか?」と真顔で聞かれたぐらいである。

中国の付き合いが非常に濃いのだ。僕はそう思うが、個人差もあるだろうし、真相は藪の中だ。

大晦日にしては、みんな早く寝に行ってしまって、十時には、もう寝る感じになった。僕の鶴見の部屋にあるよりもずっと大きなテレビで紅白歌合戦を少し見て、早くも布団に入る。

布団が、僕とフェンの分、二枚敷いてある。母が敷いてくれたのである。後から分かったのだが、中国では、夫婦は必ず一枚の布団で寝るらしい。それで、フェンはちょっと不満だったようである。

僕はそんな事は知らないので、今日は一人一枚、広い布団で寝られると思って、すごく嬉しかった。どうも、女の気持ちに疎いという事になりそうである。

次の日は新年で、両親におめでとうと言う。旧年中から、実家に帰った折には、どこかに出掛けたらいいと父に言われていた事もあり、どこかに行きたいと思う。

色々考えた末、近所のお寺に初詣に行く。歩いて行ったら、片道2時間もかかってしまった。小さな山を登り、山頂の観音様にお参りする。線香を束のまま焚いて、屋根の付いた丸い器の中に満たされた炭に差す。これはどういう意味があるのだろうと考えていたら、「健康になるとかね」とフェンに言われてしまった。巣鴨に行った事があって、そこに同じ物があったのだそうである。

結構な人出があった。

帰り道は別の道を通った。途中のコンビニで、「コアラのマーチ」を買って、道々食べながら行く。二人でいると、自分では買わない物を買う。近い道を通った事もあり、割合早く家に帰ったが、それでも午後2時になっていた。遅い昼御飯を食べる。

それから、何をしたのか、ちょっと忘れてしまった。確か眠かったので、ぼんやりしていたと思う。海老名に行って、閑散としたビナウォークというショッピング街を散歩し、クレープを食べて帰ってきたのだが、それはこの日だったか、それとも翌日だったか。記憶がないので、次の日、すなわち、正月2日の事に話を移す事にする。

正月の二日、姉夫婦が来て、昼から新年会をする。僕が散歩好きなフェンと一緒に、近所の公園で遊んで、帰ってきた所で新年会になった。お寿司を食べて、近況を話す。姉は、スターウォーズの新作をまだ見ていないらしい。兄弟三人のうち、一番スターウォーズが好きなのに。

姉夫婦の子が一緒に来ていて、自分はお年玉をやる。金額は五百円である。まだ2歳だから、必要ないと父は考えていたようだが、僕はやりたくてやった。五百円は安いと父に言われて、

「そんな事を言ったって、父はあげないじゃないか」

と言ったら、父は笑った。

姉夫婦から、僕とフェンの結婚のお祝いにケーキを貰う。せっかくなので、ケーキを前にして記念写真を撮る。最近良く写真を撮るようになった。

弟が、友達にもらったというドローンを飛ばそうとする。最初バッテリーが切れていて飛ばなかったが、充電すると、しっかりと宙に浮かんだ。和室の天井にぶつかったり、柱のそばに寄ったり、なかなか忙しい。しかし飛んでいる間は、水平な姿勢を保つので、自分はそこに感心した。これは難しい技術なのではないだろうか。それとも、案外簡単なのだろうか。

それから、姉夫婦の子と電車ごっこをして遊んだ。この子はいつの間にか、喋れるようになっている。「やさしい」という言葉を覚えたらしく、それを言う。それから、何か話しかけると、それを鸚鵡返しに言うのである。父は、「じいじやさしい」と言って、甥にそれを言わせている。

更に一晩寝て、翌日に鶴見に帰った。

すっかり実家でのんびりしてしまった。またしばらくしたら、実家に帰ろうと思う。こんな事が親孝行になるなら、孝行も随分優しい。