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野狐消暇録

所感を記す

等持院

仕事で京都へ行った。

帰る予定の日の仕事が押して、帰りの新幹線に間に合わなくなり、京都駅にほど近いホテルに泊まる事になった。次の日は仕事がないので、一日休みである。仕事で体は疲れていたが、せっかく関東からはるばる京都に来たのだからと思い、次の日は京都の寺を巡る事にした。

あくる日、まずは龍安寺を訪れて、石庭を観た。何度も観ているお馴染みのスポットだが、石庭が好きで、やっぱり来てしまった。特に新鮮味はないけれど、観たという満足があった。石庭以外にも、襖の画はなかなか迫力があって良い。龍安寺の境内には池があって、池の周囲を散策したが、それでもまだ帰るには余裕がある。龍安寺を出てふらふらと住宅地を歩いていく。どうしようか。携帯で地図を見ると、近くに妙心寺がある。行きたい気もするが、前に一度行った事がある。あそこはそれほど見どころがない。それで妙心寺は止めて、もう一つ近くにあった等持院という寺に行く事にした。

等持院禅宗寺院だったと思う。事実ではないようだが、夢窓礎石が庭を作ったという伝承が残っているそうだ。受付で話すと、鞄を預かってくれた。身軽になって、廊下を進む。畳の広間が庭に面している。和室は一面明け放しに出来るから、開放的な空間になる。広間に一人先客がいて、座って庭を見ていた。庭に降りて、作られた庭を見て回った。

真ん中に池があって、周囲を小道が囲み、歩いて庭を楽しめるようになっている。いわゆる回遊式庭園である。たくさん木が植えられているが、背が低く、時折大きな木がぽつぽつ植わっている程度なので、視界を妨げない。天然の地形を利用したのか、それとも作庭のために土を盛ったのか、少し高くなった所があり、そこに茶室があった。清漣亭というらしい。屋根のすぐ下に額があるが読めない。外に小さな待合が付いている。待合というのは、客が座って待てるようにした、外付けのベンチのようなもので、電車の座席風の物が、茶室の外側に付いていると考えてもらって差し支えない。待合の背になる戸にカマキリが掴まっている。茶室は戸が開いていて、見学できるようになっている。中を覗くと、少し高くなった、床の間に畳を敷いたような所がある。木の板に書かれた解説によれば、尊い人が座る席と言う。将軍が座ったのだろうか。茶室として珍しいそうで、確かに他で実際に見た記憶がないだけでなく、図鑑などの資料でも見た事がない。感心するとともに、思いも寄らず珍しいものを見れたので、大いに気を良くした。斜めになった天井の下に水屋があった。水屋というのは、茶碗を洗ったり、菓子を用意したりする、茶道に於ける炊事場だ。妙な所に付いた窓や、壁から伸びていって半端な所で切れて、片側だけ上から吊るした棚などを見ているうち、小奇麗なのに対称性がない、茶道独特の美感が感じられた。茶室の裏手は竹林になっていて、黄緑色の細い竹が天を衝いて揺れている。

池では小さな石橋の下に鯉が集まっていた。枝を長く伸ばして、水面に枝を映した松があり、しばらく歩くと、枯れ葉が池に浮いていた。

等持院を出ると、もう帰る時刻だった。路面電車のような、小さな電車に乗り、いくつか乗り換えをすると、京都駅に着いた。お土産に漬け物を買い、新幹線に乗って関東の自宅に帰った。