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野狐消暇録

所感を記す

株式会社フレクトのLT大会に行ってきました。

情報技術

ある方の紹介で、株式会社フレクトのLT大会に行く機会がありましたので、参加記を書いてみます。

 

株式会社フレクトとは?

www.flect.co.jp

 

Iotに積極的に取り組み、Iotを実際にビジネスとして成功させている、という事のようです。 

 

3/15(水)の夕方、会場であるフレクト社さんのオフィスに着くと、スタッフの方が迎えてくれました。LTは社員の方がされたのですが、皆さん若いです。

最初に話をされた、代表取締役の方からして、30代ぐらい?でした。

 

代表の方の発表

自分なりに要約すると、以下のような話でした。

■ なぜ今IoTか?

IoTは最近話題になっているが、技術的には古くからあり、建設機械に端末を付ける有名な事例も、始まったのは15年前で、最近とはいえない。

ではなぜ今ムーブメントが起きているかというと、要素技術がコモディティ化し、調達するための値段も安くなっている。つまり、参入しやすいし、ビジネスになりやすい環境が整ってきている。ラズパイなどに見られるような、センサー端末の話だけではなく、実はネットワークも使いやすくなっている。他にも、クラウドが広まり、スモールスタートしやすいという事もある。クラウドは最近のIoTでは、当然の前提となっている。

■ IoTの特徴

技術的に横断的、複合的である。

組み込み機器 → ネットワーク → サーバ → ブラウザ

アプリだけでなく、ハードも絡む。フレクト社では、外部に発注してハードを作ってもらう事がある。今はそういう事ができてしまう。ここも、ハードルが下がっているところである。

■ IoTビジネス

単に端末を設置してデータを収集しただけでは、ビジネスにならない。どうやって、価値を生み出すか、考える必要がある。例えば、弊社で事業化しているCariotでは、車の走行データを収集し、ブラウザで閲覧できる。このことにより、運転が荒い人がだれか、すぐに分かる。データに基づいて運転の指導ができるので、効果的な指導が可能になる。これは実際に効果が上がっている。

つまり、ちゃんとビジネスとして意味のある形を作る事が大切で、IoTを通して、人、モノ、コトを繋ぎ、最終的に価値を生んでいく事を目指している。

■ エンジニアに向けて

IoTは非常に多くの技術を使う、複合的な分野だ。ひとつの技術を突き詰めるのではなく、隣の技術に触れてみてほしい。複数の分野に跨る事で、強みを持つ事ができると思う。

 

ここでちょっとピザとビールを頂いて、さらに社員の方のLTに続きます。

■ Publish & Subscribe型のサーバ

たくさんのセンサー端末からデータが1秒単位に送信されてくるとき、大量のデータを処理するサーバが必要になる。ここでは、Publish & Subscribe型のサーバを紹介する。

このタイプのサーバは、データストリームを処理するためのサーバである。トピックと呼ばれる、データの一時格納箇所にデータが溜められ、溜められたデータを購読側のプログラムが取りに行く。トピックにデータを溜める事により、次々に来るデータを一旦トピックで堰き止め、後からバッチ処理のタイミングでガサっと取ってくる、という事ができる。普通のサーバよりレイヤーが細かく分かれるので、データが少ないなどの理由で処理が易しい場合は、無駄に大袈裟な構成になってしまう事もある。データによっては、普通にサーバを立てても処理できてしまうから。

Publish & Subscribe型のサーバでは、トピックを境にプログラムが綺麗に分かれるので、トピックの前後で使用するプログラム言語を分けても問題ない。また、トピックの先のプログラムにバグがあり、データを壊してしまったとしても、中間データがトピックに残っているので、そこからデータを取って、もう一度処理を流せば、簡単に復旧できるということもある。

 

スフィンクス

ドキュメントをMS社のOfficeで書いていたが、どんどん増えてきて、収拾がつかなくなってしまった。そこで、マークダウンで書けるスィンクスというドキュメントツールを使う事にした。このツールの利点は、一度書くと、そこからPDF、HTMLなど、さまざな形式のドキュメントが自動生成できる事にある。お客様向けのドキュメントと、開発者向けのドキュメントのリポジトリを分けて管理している。

どんなにドキュメントが膨らんでも、閲覧するときは、ひとつのWebサイトとして見える。

AWSでテスト用のモックを作る。

AWSの機能を使って、GUIでテスト用のモックを作れる。あるURLにアクセスすると、仕込んでおいた結果を返すなどができる。戻り値はJSONなどが使える。GUIの操作でこの機能を使う事ができるが、プログラミングもできる。HTTPステータスコードも指定できるので、エラーのテストもできる。とても便利。

■ IoT苦労話

  1. センサー端末を開発しようとしたら、マニュアルに載っていないエラーが出力された。せっかくのエラーだが、デバッグのヒントにならない。
  2. センサー端末を設置しようとしたが、電源が取れなかった。コンセントが見つかったが、200Vだった。
  3. 廊下が複雑に曲がっていたりすると、電波が止まってしまう。
  4. 逆に、ブルートゥースが飛びすぎる。セキュリティ的にどうしたらいいか悩んだ。
  5. センサーの前に物が置かれてしまい、人のカウントが0人になってしまった。

 

◆ 参加してみて

すべての話が、とても参考になりました。

以下、感想を箇条書きしてみます。

クラウド

AWSとか、azureとか、クラウドをもっと触ろうと思いました。常識として皆さん話していたので。ベンチャー的に新しい事業に取り組んでいるからかもしれないけど、自分もやろうと思いました。

② 組み込み系

代表取締役の方のビジネスの話もとてもためになったんだけど、ともかく触ってみる事は必要かな、と思いました。ラズパイとか、やってみた事ないので。

③ IoTのイメージがつかめました。

IoTって何をやるのか、いまいち分かっていませんでしたが、イメージがつかめました。なるほど、と思いました。工場の機械化ではなく、工場の様子を宅配ドライバーに伝えるとか、人とモノを繋いでいくという事。個々の登場人物の中での機械化は、既に進んでいる、という事のようです。社員の方が、交流タイムの時に漏らしていたのですが、難しい、専門的な世界ではなく、むしろ体を使う職場でIoTがマッチしている、そうです。建機もそうだし、農業で作物の状況を農家の人に伝えたりといったところにニーズがあるように思いました。

 

◆ まとめ

色々な技術に取り組んでみたいと思いました。一度は聞いた事がある技術がほとんどでしたし、LTも自分に理解不能な話は実はなくて、やればできるのではないか、と思えたのが大きかったと思います。これが数学の勉強会だったら、こうはいかなかったでしょう。言っている事が理解できたので、やる気が出ました。

自分が取り組む事が、イメージできただけでも、プラスだったと思います。

この機会を次の取り組みに生かしていきたいと思います。

小峰隆夫教授の最終講義に行ってきた

経済

以前、Webで小峰隆夫氏が日本経済について書かれた文章を読み、とても面白く感じた。それで自分は、小峰隆夫氏のTwitterをフォローした。すると、今度法政大学で最終講義を行い、一般の人も参加できると投稿があったので、行ってみる事にした。

 

会場には、卒業生が多いみたいだった。僕よりも年上のおじさん、おばさんが多い。そんな中、何の縁もない自分が混ざって、講義を聞いた。

講義の内容は、色々あった。アベノミクスの事、構造改革の事、トランプ大統領の貿易の理解について、人口問題など、多くの問題について、考えが聞けた。

最終講義の後には、パネル・ディスカッションがあり、八代尚宏氏や真壁昭夫氏、梅溪健児氏が加わって、経済の話が聞けた。

 

自分が帰り道で考えたのは、「僕の成長戦略とは何だろうか」という事だった。日本経済もさることながら、自分の生活も考える必要がある。「供給戦略は長期的に見て重要」という話が講義の中にあり、それを思い出してこれだなと思った。自分なりに社会に寄与する事で、僕の将来は開けると思う。

土地が大事か? それとも、人が大事か?

政治

アメリカのトランプ大統領は、メキシコとアメリカの間に壁を築くそうである。元々、アメリカとメキシコの間には、国境線が走っているが、トランプ大統領の行為は、国境線を際立たせる事になる。国境線は言うまでもなく、国と国を分けるものであり、具体的には、土地を区切るものである。

 

トランプ大統領には、もうひとつ、土地と繋がりのある話がある。それはトランプ大統領が当選した時の得票数にまつわる話である。トランプ大統領と大統領の座を争ったのはヒラリー・クリントンだったが、彼女が得た票数は、トランプ大統領を上回っていた。それでは、ヒラリーが大統領になれたかというと、そうではない。アメリカの大統領選挙は、得票数を直接競うものではないからだ。トランプは多くの州で勝利し、大統領の座に就いた。州とは何か。それはアメリカを構成する地域の単位である。州もまた、国と同じく、土地に結びついていて、一つの州は、もうひとつの州と州境で区切られている。

 

トランプ大統領は、貿易上、保護主義を取る事が明らかになってきている。保護主義は、自国の産業を守るために、外国製品に関税を課す施策である。この政策は、輸入品の価格を上げる事によって、価格的に優位に立つ自国の製品を買うように自国の消費者を仕向けることになる。外国製品は、国内消費者からみると割高になるから、買いにくくなるのである。この「地産地消」政策は、外国政府の報復的な関税政策を招き、縮小均衡に向かう事が知られている。貿易そのものが行われなくなり、経済が縮小するのである。ひとつの土地の中に市場を閉じ込めると、その市場が必要な需要を全て満たす必要があり、得意な産業に特化する事ができない。この事が経済の発展を阻害し、世界を貧しさに向かわせる。

 

これは出身に関する事だが、トランプ大統領は政治家に転身する前に不動産会社の経営をしていたそうである。まさに土地を扱う仕事をしていた訳であり、大統領になった時、「土地」に注目した政治を行うのは、自然な流れだったともいえる。しかし、「土地」を中心に政治を行う事は、正しいだろうか?

 

 貿易における問題は、さきほど挙げた通りである。自由貿易の否定は広域市場の否定であり、貧困を招く事は避けられない。

政治が土地単位で行われることについてはどうあろうか?これは人間の平等にとって問題になる。ある特定の地域に住んでいる人の権利が、ただその土地に住んでいるという理由だけで、他の土地に住んでいる人よりも、強くなったり、弱くなったりするからだ。例えば、都市に住んでいる人の政治上の権力は、田舎に住んでいる人よりも弱くなりがちである。これは人口密度が原因である。集まって暮らせば暮らすほど、そこで暮らす人の意見は弱く勘定される事になるのだ。しかし、都市生活者の意見を軽視してよい理由は特にない。

政治がすべての人の生活を支え、自由な行動を保障すべきだとするなら、政治は土地を中心にするのではなく、人を中心にしなければならない。

しかし伝統的な政治の単位は、村であり、州や県であり、国であって、皆土地に結びついている。かつては関所が、今は税関が国と国を隔てている。

一見国境とは無縁そうに見える国際連合ですら、大国の意見は強い。ある「土地」に住んでいる人の意見が他の国より強いのである。これは単に事実上そうだという事ではなく、安全保障理事会常任理事国という形で制度化されている。

今日、難民の問題の解決が困難な理由の一つも、ここに求められるだろう。国境を超えて移動する人をどう支えたら良いのか。既存の政治はなすすべがない。

今日求められているのは、境界線のない世界を治める政治である。境界線のない世界、要するにグローバル化した社会に対するアンチテーゼとしてトランプ大統領が登場したのは示唆的である。トランプ大統領は土地を中心に世界を捉える。それは過去から続く世界として今を見るとき、まだ正しい。しかし、未来の政治を考えるとき、その考えは正しくない。トランプ大統領が行っているのは、これから必要とされる政治ではなく、かつて通用した政治であり、今日の世界に新たな混乱を招いている事は、不思議な事ではない。

2017年の抱負

新年の抱負

2016年は、本当に色々な事があった。

年頭に結婚した。

夏は仕事が忙しかった。ここで始めてリモート勤務を経験した。

秋は引っ越しをした。ワンルームの部屋から、二間の和室に引っ越した。

いつの間にか、年末になった。

 

来年やりたい事は、仕事に打ち込む事である。

もっとコンピュータの勉強をしたい。

 

【今考えている事】

・DBスペシャリスト試験に合格する

・Qiitaなどに技術記事を書く。

・アプリを作る。

機械学習を学ぶ。

Scalaを学ぶ。

・Webアプリケーションにもっと詳しくなる。

Linuxを使えるようになる。

 

こうして書くと色々あるが、ともかく2017年は、もっと仕事に打ち込みたいと思っている。それが目標である。

日本大学文理学部茶道研究会創立六十周年記念立食会

茶道 随筆

日本大学文理学部国文学科を卒業したのは、もう八、九年前の事になる。
在学中は好きな本を読んだり、茶道研究会でお点前の稽古をして過ごした。
大学卒業後、仕事に追われて、茶道からは離れてしまったが、年に一度、茶道研究会が主催するお茶会には、時々顔を出していた。
今年はお茶会の案内以外に、もう一通ハガキが届き、何だろうと思ったら、題に掲げた件であった。創立六十周年記念の立食会を開くので、ぜひお越しくださいというのである。
会費が幾らかかかるので、買い物で十円、二十円の節約を心掛けている妻の顔が浮かばないではなかったが、今年は結婚後の諸々で忙しく、文理学部のお茶会に行けなかったのが残念でもあったので、せめて記念会ぐらいは参加したいと思い、出席の旨記したハガキを返信した。

 

電車で会場の文理学部に向かった。日本大学文理学部は、世田谷にある。井之頭線で下北沢駅を過ぎ、明大前駅で降りる。明大前駅のホームや乗り換えに歩く通路の様子も懐かしい。駅の造りは変わっていないが、入っている店は変わったようだ。明大前駅から京王線に乗り、下高井戸駅で降りる。
まだ五時になっていないのに、もう日が暮れてきていて、辺りは薄暗い。それでも、駅前を通る商店街は明るい。商店街を抜けると、いよいよ暗い。通学路なのに、通りを歩く学生も少ない。文理学部の正門辺りにスーツの集団がいるが、全員若い。今年就職する学生かもしれない。
大学の構内に入ると、小さな看板が立っていて、茶道研究会の文字が見える。二人、スーツの青年が看板の両脇に立っている。茶道研究会の現役生に違いない。案内されて、会場であるカフェテリア・チェリーに向かう。そこが立食会の会場なのである。外の会場を使わずに、大学の施設を使ったのは、予算の都合が大きいだろうけれど、OBとしては嬉しい事だ。校舎を訪れる事が既に懐かしいのだから。


会場に入り記帳を行う。お茶会と同じ受け付けになっているようだ。和紙に筆ペンで字を書くと、大抵歪んでしまうが、僕は歪んだ自分の字が嫌いではなく、どちらかというと好きなので、気にしていない。クロークもあって、コートを預ける。
会場を見渡しても、知った顔があまりない。仕事を引退されているであろう歳の先輩方の姿があるが、創立メンバーのHさん以外分からない。お茶会でお目にかかるTさんの姿が奥に見えたので、取り敢えずそちらに向かった。近くに行って話すと、一緒に立っている女性はKさんであった。
会の開始時刻が近づくにつれて、徐々に人が集まってきた。稽古をつけて頂いたH先生に挨拶したり、後輩と話したりする。一番稽古をつけて頂いたK先生は来られないらしい。後で聞くと、お元気ではいるものの、会場に来るのは大変だから、欠席されたとの事である。K先生はもう八十歳を超えているのである。会場の真ん中には軽食が並べられており、取って食べられるようになっていた。テーブル席について烏龍茶を飲みながら話していると、司会がマイクの前に立ち、会が始まった。


諸先輩方の挨拶を拝聴するうち、文理学部の茶道は、そもそも女子学生が中心になり、日本文化を学ぶ目的で、華道と一緒に始めた活動である事が分かった。最初の頃は、男子学生が入部する事に対して抵抗感もあったらしい。
また、一時は合宿で円覚寺の雲長庵に行き、坐禅をしていた事も話に出た。
折々の話を聞くのは楽しい。お金の話なので、詳しく書く事が憚られるけれども、部費の工面に苦労した話もY先輩から聞き、面白かった。人の苦労を面白がるのはいけないようだが、もう笑い話になってしまっているから、一緒に楽しんでも大丈夫だろう。
面白い話と言えば、何人かマイクを渡されて、自分のいた頃の茶道研究会の思い出を話す企画で、M先輩のした懐古談が面白かった。お茶会を開いて、最初の客をお茶室に通し、亭主がお茶を点てようと釜の蓋を開けると、お湯がなかったというのである。
これには現役生も含め、みんな本当に笑っていた。後でその事をM先輩に言うと、
「失敗談が一番面白いからね」
と言っていた。
自分もマイクを渡されて話をした。

ひとつは、綺麗なお茶室でお稽古させて頂いた事。自分が入学した時、ちょうど新しいお茶室の落成記念のお茶会が開かれていたのだが、その新しいお茶室でお稽古をしたので、畳から壁から障子から、全て新しかった。
二つ目は、丁寧な点前を習った事。他校の学生の方に褒めて頂いた事があるぐらい、細かく所作を教えて頂いた事。
三つ目は、卒業後の事。卒業後、茶道が直接役に立つ機会はなかったが、時間が経つに連れ、やっていて良かったと思う事があった事。これは詳しく話す事ができなかったが、思いやりや心配り、平和な会を楽しむ心が、今でも自分を柔らかく、目に見えない形で支えていると思うのである。

歓談している時、学生がお抹茶を点てて持ってきてくれた。懐紙に載ったお菓子付きだ。お菓子は餡が入ったお饅頭である。二つに折られた懐紙の内側に黒文字が入っていたけれど、黒文字でお饅頭はなかなか切れない。結局、手で摘まんで口に運んでしまった。

お抹茶は熱すぎず、ちょうど良い熱さだった。今日は立食会でお抹茶は飲めないと思っていたから、本当に嬉しかった。得をしてしまった。

自分は近頃結婚して忙しかった事もあり、欠席してしまったのだが、去年のお茶会は濃茶席があったらしい。それを聞いて欠席を悔しく思っていたところだったから、猶更であった。

それから、指導を受けたH先生が自分のいた丸テーブルの席に座られて、こんな話をされた。今、学生を指導しているIさんは、H先生から後任を頼まれたとき、学生を指導する立場に立つならお免状がないといけないという意味の事を言って、学生にお茶を教えるために茶道のお免状を取られたというのである。自分はその、Iさんが茶道のお免状を取られた披露のお茶会に客として訪れていたのだが、そういう経緯があったとは知らなかった。お免状を取った披露のお茶会である事はもちろん分かっていたけれども、学生を指導するためにお免状を取った事は知らなかったのである。

さて、先輩の近況などを聞き、後輩と少し話したりしていると、会の終わりが近づいてきた。
閉会の辞の前に、顧問の先生の挨拶があり、茶道研究会OBで、大学に残って語学の研究をされているS先輩の話があった。
これは日本大学の近況の話であった。近頃は、大規模な大学に人が集まり過ぎて、人が集まらずに定員割れする大学が出てきている。そこで、大学ごとの入学人数のバランスを保つために、今まで定員の1.3倍まで入学させて良かったのが、最近は定員の1.1倍とか、1.05倍までしか入学させてはならない事になった。結果として日本大学に入学する学生の数が減り、学費収入が減った。その煽りを受けて、改築するはずの一号館を補修して使い続ける事になった。
最近、一号館の壁が剥落して外壁の一部が落下する事件があり、事件の起きた場所が立ち入り禁止になったそうである。
最後に閉会の辞が学生からあった。

いつだったか、記念写真の撮影も、会の途中にあった。この時に撮った集合写真は、会の最後にお土産として一人一人に渡された。

 

こうして六十周年記念立食会は幕を閉じた。クロークでコートを受け取り、お土産を手に帰路に就いた。帰り道は、TさんとKさんと一緒であった。Tさんはなかなか忙しく働かれているらしい。マラソンもしているそうである。渋谷で二人と別れた。

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インド料理店

カーディガンを着た男が、新聞に目を落としている。
眼鏡を掛けている。
珈琲のように黒い肌に丸い目。

紅の布を羽織った奥さんが
向かいの席にゆったりと腰掛け
目を伏せている。

白いイヤホンが奥さんの耳まで伸びている。

奥まった端にある
小さなテーブルに
二人は座っている

二人分の食事が載りそうにない
小さなテーブルを囲んで
それぞれの時間を過ごしている

風呂のない部屋

随筆

 夫婦二人で、小さな部屋に住んでいる。自分が一人で住んでいた部屋である。そこに妻が来た。

 箪笥があるが、一人分の服しか入らない。溢れた服は、部屋の隅に積み上がっている。

 洗濯機の上に、つっかえ棒を渡して、部屋の中に作った物干しがある。自分一人ならちょうど足りたが、今は洗った服を干すと、多過ぎて干し切れない。晴れた日に外の物干しに干しても、服と服の間に隙間が出来なくて、いつまでも乾かない。

 夫婦で食事をするのにちょうど良い大きさの机がないので、妻は小さな丸い箱を机代わりにご飯を食べる。箱の上にカレーに使うような器をひとつだけ載せて、そこに麺やおかずを一緒に盛るのである。

 この箱には、「一味追求 不計春秋」と書いてある。漢文書き下しで読めば、「一つの味を追い求めて、春秋を計らず」となるだろう。広告文である。中国に行ったとき、お土産に貰ったお茶の葉が詰めてあった箱なのである。

 部屋に敷いてある布団に自分が寝ていると、妻が歩いて自分の上を跨ぐ。迂回しようがないから、仕方がない。うまく跨いでくれればいいけれど、跨ぐのに失敗すれば、自分が踏まれる。

 

 困った事だと思っていたが、家賃を節約するためと言われると、強く出られない。稼ぎがないのは、自分だからだ。

 一人用の部屋に夫婦で暮らし始めてから、一年少し経った頃、ようやく引っ越しできる事になった。それで二人で暮らすのにちょうど良い部屋を探した。

 これから話すのは、その時に訪れたある部屋である。

 不動産屋さんの車に乗って、その部屋に向かった。夏が終わろうとする頃の事であった。空は曇っていて、車に乗る頃には、雨が降っていた。雨が車の窓ガラスを濡らした。

 車は、商店が並ぶ道をゆっくりと進んだ。車が学校の校庭の脇を通っている時、

「晴れた日に、一度駅から歩いてもいい」

と後部座席で自分は隣の妻に話した。

「そうですね。車で行くと、距離感が掴めないので、一度歩かれるといいですよ」

車を運転している不動産屋さんが同意して言った。

 不動産屋さんは、スーツを着ていた。真っ黒いスーツだ。

 川岸の道を抜けて、人通りのない細い路地に入った。停まった車を降り、遠くから見た時、目当ての物件の入っているアパートは、かなり古い建物である事が分かった。二階建てで、一階に四部屋づつ、合計八部屋ぐらいの大きさだった。建物の横正面に来た。階段がアパートの外にある。一階の中央から二階に向かって、左右に羽を広げるように、二つの階段が作られている。階段は鉄でできており、錆びていた。赤茶けている。錆びた手摺りを握って、昇った。部屋に入った。和室である。中は、それほどひどくない。奥まで行って、窓を開ける。隣のアパートが見える。あっちは外観もそれほどひどくない。

 少し部屋を巡った後、妻が言った。

「お風呂はどこですか」

不動産屋さんは戸惑って言った。

「あれ、お風呂はどこだろう」

風呂がない。不動産屋さんは、

「あれ、もしかして」

と言って、玄関の方へ行った。

 玄関を出た。すると、玄関を出てすぐ左にある、外廊下の突き当たりに風呂があった。共同らしい。戸に手を掛けたが、引いても開かない。力を込めて引いて、やっと少し開いた隙間から、暗い部屋の中に、風呂桶が見えた。

「自分一人なら、耐えられたかもしれないけど、妻もいるので、ちょっと無理だ」

不動産屋さんと妻にそう言った。

「そうですね」

部屋を勧めたはずの不動産屋さんも同意した。それから、不動産屋さんは、独り言のように付け足した。

「風呂が外にある物件は初めて見ました」

僕は、その場の雰囲気を明るくしたいと思って、

「不動産屋さんも初めて見たって」

と言って妻に笑い掛けた。

 妻は笑っていなかった。自分は不動産屋さんと喧嘩をしたくなかった。

 帰りの車に乗ると、自分は話頭を転じた。

「じゃあ、やっぱりさっきの物件がいいな」

そう言って、今の物件の一つ前に見た物件の話を始めた。

 もう、この風呂のない、話の種にしかならない物件について話してもしょうがない。

ただ、こうも思った。面白い部屋を見た、と。あのアパートに住んでいる人も現にいるのだ。何か夢がなければ、自分はあの部屋には住めない、と思った。

「ゆうゆは、あの部屋に住めるの? すごいねぇ」

妻は後でそう言った。ゆうゆというのは、自分の愛称である。そう言われると、やっぱり無理だと思った。本当に、何か強い目標があって、お金を貯めるとか、勉強のために節約して一時的にああいう部屋に住むのでなければ、自分はきっと耐えられない。しかし、慣れてしまえば、平気なんだろうか。現に、今住んでいる小さな部屋も、二人で住むと言われたら、嫌な人も多いだろう。